経済学

奨学金が進学の意思決定に与える影響 in Ghana

こんにちは、ナスビーニョです。今回はガーナで行われたある実証実験のレポートの紹介をしていこうと思います。

紹介するはこちらのレポートです。

Estimating the impact and cost-effectiveness of expanding access to secondary education in Ghana (ガーナにおける中等教育の機会拡大の影響と費用効率性の推定)

奨学金と進学

今回のレポートはガーナ政府が、中等教育(日本で相当する高校)への機会拡大を図るために奨学金がどれくらい進学に影響を与えるのか、そしてそのことによる二次的な影響、また奨学金の費用効率性について調べたものとなっています。

ガーナの高校教育の概要

  • 授業料が非常に高い(1人当たりの年収が$450に対して、学費が約$150)
  • 小学校・中学校は義務教育であるが、高校教育はそうではない
  • 高校へ入学するには全国統一テストのようなものを受ける必要がある
  • 高校の数が圧倒的に少ない(中学校が9,000に対して700)

このような状況があり、ガーナではあまり高校教育があまり浸透していません。

そこでガーナ政府は高校への入学は認められたが、進学しなかった生徒に対して奨学金を渡すことにします。

リサーチクエスチョンは以下のようであると書いています。

1. Is providing scholarships enough to promote school attainment and learning?
2. Are the school system and curriculum adequate to facilitate learning for
students from less privileged backgrounds?
3. Do boys and girls benefit equally from the scholarships?
4. Are there other obstacles – including teen pregnancies or other demands on girls’ time (household chores) – that undermine school attainment?
5. What are the relative benefits of advanced versus basic education in a lowermiddleincome country context?

  1. 奨学金は高校進学、そして学習を促進するのに有用であるか?
  2. 特権階級でない生徒にも学校のシステムやカリキュラムは学習を促進させるのに適しているか?
  3. 奨学金を得ることで、男子と女子の間に差が出来たりしないか?
  4. 高校進学を妨げる他の要因はないか?
  5. 低中所得者たちが受ける何か他に便益を受けるのか?

実験デザイン

高校入学が認められたものの、入学をしなかった人に対して奨学金を与えます。しかしここで全員に与えるのではなく、ランダムに選ばれた人に奨学金を与えます。(2,064人中682人)

こうすることで、RCT(ランダム化比較試験)をすることが出来、奨学金の有無による影響を測ることが出来ます。

また奨学金を充てる前に、2064人に対して生徒自身の知識、信条、生活水準などを尋ねる調査を行っています。これは、教育がどのようなものに影響を与えるのかを見るためです。

更に変化を測るために1年ごとに生徒に調査を行っています。この実験は2008年から始まりましたが、2009年~2012年までの計4回事後調査を行っています。

ここまででリサーチクエスチョン、そしておおよその実験概要が分かったかと思います。それでは実際にどのようなモデルを使い、リサーチクエスチョンに答えていったのか見ていきます。

モデル

今回の理論はこのようになっています。

奨学金により、まず高校教育を受けるのにかかる学費が減ります。そして、その奨学金はより高い学歴(高校教育を終えること)を達成することに影響を与えます。

また高校教育により、選好や認知能力に変化が起きます。

さらにそれは労働市場で優位に働いたり、生活行動に影響が出るだろうという考えです。

一方で、奨学金をもらうことにより、妊娠をすることの機会費用が増えます。(機会費用とは妊娠しないことでもらえる便益です)

このことは、出生率の低下や晩婚化につながります。

教育年数と出生率の関係についての関係について気になる人はこちらも読んでみてください。

あわせて読みたい
教育と出生率の関係今回もある論文の解説をしていこうと思います。今回のテーマは教育と出生率の関係です。今回はこちらの論文です。 "The effect...

このように奨学金の有無は色々な事象に影響を及ぼすであろうかということが分かると思います。それでは実際にどのように分析したのかを見ていきましょう。

回帰式としては

①Y=α+βT+X’γ+ε

Y:興味のある最終的アウトカム(認知能力、雇用、出産など)

T:奨学金の有無

X:生徒の特徴(健康状況・一か月あたりの支出額・テストのスコアなど)

②Y= α +βSHS+X’γ+ε

Y:興味のあるアウトカム

SHS:高校に進学したかどうかを表すダミー変数

X:生徒の特徴

を使っています。

①はReduced form(誘導形)となっており、外生変数のみで表わされています(外生変数とはモデル以外で決まるもの)。

これによって奨学金の有無が最終的な結果(認知能力・雇用・出産)などにどのような影響を与えたのかを見ることが出来ます。

②は高校に進学するという意思決定がどのように影響を与えたのか見るモデルです。この場合、高校進学という意思決定は奨学金の有無だけでなく様々な要因によって決められます。

その要因がこのモデルに含まれていなければ、欠落変数バイアスが生じます。これを防ぐために、今回は奨学金の有無を操作変数としてβを推定しています。

操作変数を扱う上での注意点

操作変数を決める上で大切な点が3つあります。(操作変数をZ,内生変数をX,目的変数をYとする)

  1. ZはYと直接的な相関がない
  2. ZはXと相関がある
  3. ZはYにXを通してのみ関係がある

今回の場合、奨学金の割り当てはランダムに行われており、①を満たしています。

また奨学金の有無は高校進学と相関があるので②も満たします。

③に関しては、奨学金が高校進学というチャンネル以外に最終的なアウトカム(認知能力・雇用・出産)などに影響を与えていなければ満たします。

操作変数-wikipedia

結論

高校進学に対する影響

奨学金を与えられたグループの進学率は75%に対し、奨学金を与えられなかったグループの進学率は20%

また奨学金を与えられなかったグループは進学率は翌年に38%。これは、一部の生徒が1年間お金をためてから進学したことを示しています。

比較すると明らかなように奨学金により進学費用が減少し、進学率に差が出ています。

また、高校修了した人の割合にも大きく差が出ています。

奨学金無・女子:24%   奨学金有・女子:58%

奨学金無・男子:34%   奨学金有・男子:70%

認知能力に対する影響

  • IQには変化がないことが分かった
  • 奨学金有のグループは数学・読解テストで比較するとより良い成績を残した
  • 特に女子の成績の伸びが大きいことが分かった

IQとは教育によって変わるものではないため、この結果は一致していると考えられます。

また詳細な認知能力に関しては、本文に図解付きで載っているので、更に知りたい人は本文を見てください。

結婚・出産などに対する影響

奨学金有のグループの影響を見ていきます。

  • 避妊をする人の割合が16%上昇した
  • 望まない妊娠・妊娠率が15%減少した
  • 男子の結婚率が下がった

これらが起きた要因としては以下の様なことが考えられます。

  1. 妊娠する機会費用の増加
  2. 教育によりより良い選択が出来るようになった
  3. 教育による選好の変化

今回のレポートではどの要因により上記の結果が起きたかは不透明であると書いています。

その他の影響

大学進学率は奨学金有のグループは8%、奨学金無しのグループは5%となっています。

これは、奨学金有のグループの人たちはお金の工面に困っている人が多いからであることが考えられます。

また教育投資のリターンに対する期待には変化がないことが分かりました。

しかし、将来稼ぎたい額に関して等には影響が出ています。

最後にこのレポートは途中経過であり、コスト面ではまだ結論を出せないと書いてあります。

個人的なコメント

今回このレポートを取り上げたのは、僕が受けている授業に出てきて気になったからです。

ちなみに受けているのはこのオンライン授業です。

あわせて読みたい
社会科学のためのデータサイエンスを勉強するこんにちは、ナスビーニョです。今回は、昨今の社会科学に必要なデータサイエンスが学べる講座をインターネット上で見つけたので紹介していきます...

今回の実験の優れているところは、奨学金の割り当てをランダムにしている所・事後調査の高い回答率です。これにより、奨学金の有無がどのような影響を与えるのかを可視化することが出来ます。

結果は当たり前のようなものが多いですが、このような緻密な実験計画があってこその結果なんだと思います。

昨今はデータ分析が人気になっていますが、このように実験デザインをしっかりとしどのようにデータを集めるのかが今後大事になってくると思います。

また高等教育(大学)の無償化が少し前に話題になっていましたが、この実験デザインを同じようにすれば効果を推し量ることが出来るのではないかと思います。

今回はこれで終わりです。最後にこのレポートの著者でもあり、僕のオンライン授業の担当教授でもあるDuflo教授の本を紹介しておきます。

僕はまだ読めていませんが、時間があれば手に取ってみようと思います。